いつも、雨
病名を聞いていいものか悶々としている佐那子の様子に気づいて、一夫はあっけらかんと言った。

「癌ですわ。今回は、大腸癌。あと、肝臓にも転移しとるそうですけど、そっちは、また改めてっちゅう感じやそうです。」

「……え……」


転移って……それって……え……えーと……



「う……」

小さな嗚咽を堪えるように、領子は自分の両手で口元を押さえ、立ちあがり、病室を出て行った。

キタさんもまた、領子を追った。



静かになった病室で、一夫はため息をついて、頭を掻いた。

「かんにん。失礼して、すんません。……ずっとあの調子で……何か、わしより、家内のほうが、先に死んでしまいそうですわ……。」

「……いえ……御察しいたします……。本当に……領子さま、ちゃんとお食事召上がって、眠れてらっしゃるのかしら……。」

「……なあ。手術の後も、抗がん剤治療するやろし、長丁場になるやろに……まあ、あれだけ心配してもろたら男冥利につきますけどな。」


ガハハと笑ってみせる一夫に、佐那子も力なくほほ笑んだ。



一夫は、佐那子の持ってきたケーキを、領子の分までぺろりと平らげてしまった。

「これ、ほんま、うまいですわ。どこの店のんです?」

悪びれずにそう尋ねてから、一夫は、さらに言葉を継いだ。

「夜食に、もっぺん食べたいですわ。……すまんけど、社長に、今夜、持ってきてくれはるようお願いしてもらえませんか?……家のもんは帰らせますんで。……ずっとココにおるんは、家内はともかく、キタさんが気の毒やしなあ。」


佐那子は小さく息をついて、うなずいた。


さすがに、拒絶できなかった。


一夫は、要人が領子や百合子に会わないように配慮するようだ。

しかも、こうして佐那子に許可を得て、佐那子の立場と心を慮っている。

今現在瀕死ではないものの、ステージ4の癌患者が夫に会いたがっているのを、止めることはできない。


「わかりました。主人に伝えます。……でも、食べ過ぎて、夜中にお腹こわさないでくださいね。お店にお願いして、これから焼いてもらって、たくさん持たせますけど、欲張らないで、明日、ご家族のみなさまにも召しあがっていただいてくださいね。」

「おおきに。ありがとう。ありがとうな。」


一夫は、何度もうなずいて、佐那子に対するお礼の言葉を繰り返した。


心の中で、かんにんやで……と、詫びながら……。
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