いつも、雨
佐那子は早々に病室を辞去した。

談話室でぼんやり座っている領子の背中に声をかけたが、振り向いたその瞳がらしとどに涙が流れ落ちているのを見て、会釈だけして立ち去った。


……あんなにも打ちひしがれた領子さま……初めて見たわ。

お兄さまの恭風さまのご葬儀のときも、あそこまでは取り乱していらっしゃらなかったのに……。

あのかたは……要人さんの前では……どんなお姿をお見せになるのかしら……。


……いややわ。


よせばいいのに、ついつい想像してしまった。

佐那子はぶるぶると頭を振って、雑念を振り払った。

闇は心の奥深くに、無理矢理沈めた。




病院を出ると、すぐにパティシエに電話をかけた。

そして、……一瞬の躊躇の後、夫の要人に電話した。


『……ああ。私だ。ごくろうさん。……どうやった?』

いつも通りの低い、イイ声に、佐那子の胸がときめいた。


こんな時でも、私、要人さんを……好きなのね。

じわりと涙が滲んだ。


『……佐那子?』

言葉を発さず、小さく鼻をすすった妻の様子は、要人に不安をもたらした。


佐那子は、涙を拭ってから言った。

「ごめんなさい。お仕事中、すみません。今、病院を出ました。一夫さん、今夜、要人さんにお見舞いに来てほしいって。お忙しいでしょうけど、お顔を見せて差しあげて。」


『今夜……。わかった。』

そう返事してから、要人は、静かに尋ねた。

『……一夫くん……なんて?』


佐那子はあふれ出る涙をハンカチでおさえながら答えた。

「癌だそうです。大腸癌。肝臓にも転移して……ステージ4ですって。」


『……。』



……それは……もう……手遅れということか?

恭風さまの時と同じなのか?


領子さま……。

おかわいそうに……。
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