いつも、雨
翌日の午後1時過ぎ、天花寺家に件のクッキーが届けられた。

要人の秘書の原が、わざわざ持参して恭匡に手渡した。


さすがにその場では取り繕っていたが、2人きりになると、恭匡は由未にしがみついてはしゃいだ。


「えー!すごい!由未ちゃんが言ったの?誰か並んでくださったのかな?うれしいねえ!ありがたいねえ!お三時まで待てないよ。お茶にしよ。」

「……うん。昨日。お母さんに。……お父さん、さすがに仕事が早いねえ。……お紅茶、何がいい?」

余計なことは言わないように気をつけながら、由未は恭匡に尋ねた。


恭匡は、うーんと思案して、それからおもむろに言った。

「やっぱりミルクティーだよね。でもイングリッシュブレックファーストやアッサムだと、強すぎる気がする。イングリッシュアフタヌーンブレンドにしようか。」

「……ウェッジウッドね。」


キラキラ輝くクッキーを大切そうに抱えて恭匡が居間に入るのを見届けてから、由未はキッチンへと向かった。



昨日、実家で、つい母に相談してしまったことを、由未は悔やんでいた。

父の女性関係でさんざん傷ついてきたであろう母に、自分はどうしてあんなことを言ってしまったのだろう。

……どうして、自分の胸だけに、留めておけなかったのだろう。


もちろん、今の由未は、夫の恭匡からの重すぎる愛情に浸りきっていて、十二分に幸せなので、実らなかった初恋に対する未練は微塵もない。


でも、ずっと、後悔が残っている……。

……佐々木和也というサッカー選手を応援している……とすら口に出せないこの状況が、苦しい。

そりゃあ、つらかったし、思い出したくないこともある。

でも、あの頃……中学高校の多感な頃、一途に想いを寄せた時間を否定することもできない。


せめて、笑顔で挨拶をかわす関係ぐらいに落ち着けたらよかったのに……。



最後に和也と顔を合わせてから、もう15年が過ぎたというのに、由未の中に悲しみは潜在し続けていた。




……それは、佐々木和也のほうも同じだったらしい。

いや、つきあい始めるはずだった2人の関係を断ち切らなければいけなくなった理由は和也にあるため、かえって根深い。


和也のなかで、由未の存在は消えるどころか、より大きく、神聖なものになってしまっていたようだ。



「一度逢って、ちゃんと、謝りたい。」

それが、クッキーと共に届けられた和也の想いだった。



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