いつも、雨
「……ありがたいけど……重病人じゃないのに……。」

大腸に癌があるとは言え、ごく初期段階のため、まったく自覚症状のない佐那子は、本気で恐縮していた。


「ステージ4の癌が重病じゃないわけないだろう。」

そう言って、要人は荷物を引き受けながらも、佐那子の手を取りエスコートまで試みた。


「……ありがとう。」

佐那子の頬が緩んだ。


何だかんだ言ってもうれしそうな佐那子を見て、要人もまた微笑んだ。


「ずっと付き添うのは難しいが、毎日来るようにするから。欲しいものがあれば、他の者ではなく、私に言いなさい。」

「……え……大丈夫?」

さすがに、佐那子は驚いた。



送迎も買物も、秘書の原や芦沢、運転手の井上に頼むのが常だったし、前回の入院時もそうしてきた。

忙しい要人に、雑用を頼むことなんてできるわけがない。

要人には、なるべく迷惑をかけないよう、家の事で煩わせないようにしてきた佐那子は、困惑した。



しかし要人は当然のようにうなずいた。

「遠慮はしなくていい。何でも言いなさい。」


「……はぁい。じゃあ……毎日、まいらとイザヤの写真撮って来てくれる?」


佐那子の望みは、要人の意表を突いた。



孫とペットの鳥の写真を……俺が、自分のスマホで撮影するのか?



これまで全くやってこなかったことを求められ、要人は一瞬たじろいだが、佐那子の期待できらきらした瞳に負けた。



「わかった。毎朝、撮ってくるとしよう。……他には、ないか?食べたいものとか……。」


しかし、この問いかけに対する佐那子の返答もまた、要人の予想と違った。


「食べたいものは、もう、諦めてるから、病院食でいいんですけど……あのね、一人でお食事したくなくって……」

「……食事するのを、見てて欲しいのか?それとも、一緒に食いたいのか?……なんなら、食わせてやろうか?」


言ってて、だんだん笑えてきた。

どうやら、妻は、珍しく甘えているらしい。


要人は愉悦に浸って、妻を眺めた。


少女のように頬を染め、恥じらいつつも、佐那子はうなずいた。

「ごめんなさい。家族にも、原さんにも、迷惑かけちゃうかな。」

「いや。かまわんだろ。家のことは、まあ、義人が何とかするだろ。」


安請け合いした要人に、佐那子はホッとした。
< 489 / 666 >

この作品をシェア

pagetop