いつも、雨
考えてみれば、こんなワガママを言うのは、初めてのことかもしれない。


もっと甘えてもよかったのかな。

佐那子は今更ながら思った……義人が女の子にめちゃくちゃ甘いのは、要人さんの血かもしれない……。




「……失礼します。」

遠慮がちに、秘書の原が病室に顔を出した。

要人を迎えに来たようだ。


「なんだ。もう時間か。……では、行くとする。夕食は、待ってなさい。なるべく早く来る。」


早速今日から来てくれるつもりなのね。

にへら~……と、佐那子の頬が緩んだ。



かわいい、と、40年連れ添った妻に感じた。


要人は佐那子の頬にそっとキスして、上機嫌で出て行った。



廊下に出てから、要人は原に佐那子との食事の件を伝えた。


「……毎日、ですか……。」

佐那子が退院するまで、おそらく一週間から二週間。

その間ずっと、昼も夜も公的な会食を断わらねばならない。


……私的な、橘領子さまとのお時間も……絶たれるおつもりなのだろうか……。

原のほうから口に出すのは遠慮した。



領子には、もちろん、佐那子の入院の件は伝えてある。

一ヶ月前の最初の入院の時は、癌とは言えあまりにも気楽な雰囲気だったので、親類や会社関係にも告げなかったし、領子たちの見舞いも遠慮してもらった。

しかし今回は事情が異なる。

既に病室には、各所見舞いの果物や花が届けられていた。



そうだ。

花だ。

花屋の花ではなく、庭に咲いている花を持って行ってやれば、佐那子はもっと喜ぶだろう。


……明日の朝にでも、まいらと摘むか……。



忙しい母親の代わりに、祖母の佐那子にべったりのまいらは、子供だからと病院にもなかなか行けず、淋しい想いをするだろう。

セキセイインコのイザヤがまいらの慰めになるといいのだが……。




「社長。夕食はいつもの料亭のお弁当を準備しましょうか。」

「……ああ。毎日、世話をかけるが、頼む。2つだ。」

当然、佐那子にまずい病院食を食わせるつもりはない。


「かしこまりました。奥様のお好きなお料理をリクエストして作ってもらいます。」

「ありがとう。」


無表情でも、慇懃無礼でも、秘書の原は佐那子に対しては、ひとかたならない想いを持って接している。


……まだ若い頃は、自分に何かあっても、会社も家族も、原が何とかしてくれるだろうとすら、要人は思っていた。

< 490 / 666 >

この作品をシェア

pagetop