いつも、雨
元ヤクザとは言え、鉄砲玉として満足な成果をあげられないチンピラだった原は、入れ墨が完成する前に足を洗うことになってしまった。

昔ながらの入れ墨は、筋彫り、ぼかし、つぶしを経て、色を入れてゆくのだが、原の入れ墨には黒と青しか入らなかった。

にらみを利かした竜に、赤、緑、黄色で華やかな牡丹の花が飾られるはずだったのだが……彩りのない彫り物は、我が身ににつかわしいと諦めた。



「……十文字社長は、そうは思ってまいよ。」

要人のつぶやきは、黙殺された。





その夜、要人は折り詰め弁当を持って、佐那子の病室を訪ねた。

特別室には、付添いも泊まれるように、予備のベッドと長椅子もある。

仲睦まじい熟年夫婦は、食事を楽しんだ後、当たり前のように抱き合った。

そのまま眠ってしまった佐那子のパジャマを整えてやってから、要人は病室を出た。


……いつまでこうして過ごせるか……。

泉の言葉を引用するまでもなく、本当は要人も不安で仕方なかった。





翌朝、要人はいつもよりだいぶ早くに起きた。

既に義人も起きていて、キッチンで朝食の準備をしていた。

「おはようございます。サンドイッチを作ったんで、お母さんと食べてください。飲み物は、コーヒーと紅茶、どちらがよかったですか?」


……まさか、毎朝、作って持たせる気だろうか……。

そんなことより、会社を大きくする事を考えて、少しでも努力する気にはならんのか。



義人の優しさとマメさは、要人に理不尽な怒りをもたらす。


「そんなもん、どっちでもいい。どうでもいいことに、いちいちこだわるな。……まったく……水商売でも始める気か。」


心ない言葉に、息子の表情が暗く沈む。


「朝から、辛気くさい顔をするな。」

一方的な言葉を残して、要人はキッチンを出た。



間を取り持つ佐那子や秘書の原がいないと、どうしても、息子に対してきつい言葉を浴びせてしまう……。

もともと、何でも許し合い、分かり合える親子関係ではなかったが……このままではダメだ。


……もう少し、義人に覇気があれば……。


せめて、あの、十文字さやか社長ほどのギラギラした野心があるなら、頼もしいと思えるものを。




「おじいちゃん、おはよう。イザヤの写真撮るんやんなあ?」

思うままに育たなかった息子に対する腹立ちは、孫の笑顔で霧散した。
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