いつも、雨
「昨日より元気になって、食欲があるのに、もう食えないんだな。かわいそうに。」


佐那子は明日の手術に備えて、今日の昼から絶食になり、水分しか取れなくなってしまうらしい。


「……術後に食べたいものを考えて、凌ぐわ。だから、要人さん、今日はもう、一人で大丈夫だから。」

佐那子はそう言って、ほほえんだ。


「では、帰りにまた顔を見に寄るとしよう。」

「ありがとう。でも明日もついてて下さるんでしょ?……無理しなくていいから。義人と希和ちゃんにもそう言っておいて。」



……そういうわけにいくまい。

忙しい希和子でも、さすがに明日の手術の時には、病院に詰めるつもりでいるとゆうのに。



「……雨、やまないね。……イザヤ、震えてないかしら……。」

佐那子のつぶやきに、要人の胸が痛んだ。








その日の午後、要人は難なく領子を捕獲できた。

「……昨日は、お見苦しいところをお見せいたし、申し訳ありませんでした。」

敢えて、最初にわざわざそう謝って、反応を見た。


怒っているか、拗ねているか……いずれにせよ、気持ちをこじらせているのではないかと恐れていた要人は、いつもとあまり変わらず取り澄ました領子にどう言い繕うかためらい、正攻法を選んだ。


領子は、能面のようにほほえんだ。

「あら。ご夫婦ですもの。むしろ微笑ましく存じますわ。」


さすがに無理があった。


「……そんな風には見えませんでしたけどね。」

「そんなことより、明日が手術なのでしょう?奥さまについてらっしゃったほうがよろしいですわ。」


領子は、車内でも、エレベーターの中でも、豪華な部屋に入ってからも、要人から離れて身を硬くしていた。



要人はため息をついて、ソファに座った領子の足元に跪いた。

そして、下から領子の臘たけた美しい顔を、せつなく見上げた。



……やめてよ……そんな瞳で、見ないで。

ずるいわ、竹原。

傷ついたのは、私のほうなのに……どうして、竹原が、そんな悲しい瞳をするの。


ずるいひと。

本当に、ずるいんだから……。




領子の瞳が揺れ始めた。



要人は少しほっとして、静かに話し始めた。

「……昨日、孫の大切なセキセイインコが、逃げてしまいました。」


突如、何の話をし始めたのか……領子は、完全に虚を突かれた。
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