いつも、雨
「油断しちゃいけないよ。」

一応そう言っておいたが、まいらはへらへらと笑って、まだ見ぬ鳥に思いを寄せていた。


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翌日は、朝食をとってすぐに家族揃って病院へ行った。

既に病室には、娘の由未も来ていた。


佐那子は既に手術の準備を整えられていて、家族の到着を待っていたようだ。

家族が揃ったのを見て、看護師がベッドを動かし始めた。


「え?もう行くの?」

驚くまいらの両肩を、義人がそっと掴んだ。

「そう難しい手術ちゃうらしいからな。すぐ終わって、すぐ帰って来はるわ。」


「うん。お腹切らなくてもいいの。穴開けるだけでいいから。大丈夫よ。まいら。いってくるね。」

佐那子は、ひらひらと笑顔で手を振った。


要人は思わずその手を握った。

「待ってる。がんばれ。」


もちろん、がんばるのは医師や看護師達で、佐那子は寝てるだけ。

決してふさわしい言葉ではなかったが、とにかく励ましたかった。


要人の気持ちは、佐那子にも、見守る家族にも伝わった。


「いってきます。」

目尻に涙をにじませて、佐那子は手術室へと入って行った。





手術は2時間で終わった。

本当にあっさりしたものだった。

麻酔もすぐに切れたらしく、家族の呼びかけに、佐那子は目を開けて、うなづいて見せてから、また目を閉じた。


執刀医からの説明は、要人と義人だけが聞いた。

びたん……と音を立てて、目の前に置かれた大腸の一部は、大きなナマコのようだった。


「けっこう大きく取られたんですね。」

義人が驚いてそうつぶやいた。


予想以上に大きな塊に、要人も絶句していた。


しかし医師はあっけらかんとしていた。

この程度の摘出は、まったく問題ないという。


「癌を少しも残さないように、取りました。これでもう大丈夫ですよ。」

医師のお墨付きに礼を言い、こっそりと謝礼を渡してから、病室に戻った。



佐那子は眠っていた。


これでもう大丈夫……か……。

確かに、今現在、佐那子の身体には癌がない状態だ。

しかし、いつまた新たな癌が発生するのか、わからない。


橘一夫のように、薬で小さく抑えられれば、あるいは今回のようにすぐに摘出できればいい。


……寿命が尽きるのが先か……癌に蝕まれるのが先か……。


とても他人事ではない。

要人とて、自分の老いは自覚している。


精神的にはまだまだ強いつもりだが……息子の義人に対するわだかまりの中には、頑強な身体への妬みもあるのかもしれない。

いずれにせよ、一段落だ。
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