いつも、雨
春。

桜子は、5つ年下の幼なじみの薫と結婚した。

3月の終わりに京都の大学に入学する薫と共に引っ越してくると、4月1日から要人の会社に出向という名目で勤め始めた。


もちろん、実態は違った。

要人は、腹心の秘書の原を桜子に付け、役員専用フロアに広い部屋を与え、ゆるい研修で様子見をしながら、毎日のランチを一緒にとった。


なかなか四角四面な礼儀正しさを崩さない桜子を、いかに攻略するか……ほんのわずかな時間で義人とは打ち解けたらしいのに……。


あいかわらず「社長」としか呼んでくれない桜子との距離がもどかしくて……要人は、神戸に仕事で出かけた時に、桜子の継父に当たる古城章(こじょうあきら)の純喫茶に寄り、弱音を吐いた。


桜子の生まれる前から年に何度かは必ず立ち寄るので、章とは気心が知れた仲だ。



章は、苦笑して、それから小声で耳打ちした。

「桜子はいい子ですが、あれでけっこう頑固者でしてね……攻略なさりたいのなら、薫くんと仲良くなさるのも手ですよ。薫くんは、タメ口を親しさと勘違いしてるところもありますが、基本的には体育会系ですし、上下関係もちゃんとしてる……と、思います。」


親友の孫で、なさぬ仲とは言え愛する娘の夫となった薫をそう評してから、章はテーブルを片付けていた若いギャルソンのような店員に声をかけた。

「光くん。それ終わったら、焙煎してくれる?」

「はい。マスター。」


笑顔で応えると、程なく、光がカウンターの内側に戻った。


「こんにちは。竹原さん。さっちゃんを、困らせてませんか?」

改めて挨拶をする光に、要人は肩をすくめて見せた。

「困ってるのは、私のほうだよ。どうすれば、おじいちゃんと呼んでもらえるのか……。」


光がふっと笑顔になった。

「会社では無理じゃないですか?さっちゃん、ちゃんとした子だから。……プライベートでも交流を始められたら、すぐ馴れると思いますよ。」



継父に「いい子」、生まれた時からの幼なじみに「ちゃんとした子」と評された孫娘に、要人は得意になるとともに、桜子を慈しみ大切に見守ってくれた2人に感謝の念を抱いた。


「……本当に……素晴らしいお嬢さんに育てていただいて……」


そこまで言葉にしたら、胸がいっぱいになってしまった。
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