いつも、雨
要人は、黙って章に頭を下げた。


慌てて章も頭を下げて、それから照れ隠しのように早口で言った。

「いや、私は何も。……ほっといても、さっちゃんは、手の掛からない、素直ないい子で……あ、いや、そうだ、光くんですよ、光くん。光くんが、手の掛かる子だったから、さっちゃんも、薫くんも、面倒見のいい、いい子になったんじゃないかな。」



大きな音を立てて焙煎中の光にも、章の言葉はちゃんと聞こえたらしい。


出来上がったコーヒー豆をうちわで扇ぎながら、光が戻って来た。

「そうですよ。全部、僕のお陰なんですよ~。これでもけっこう腐心したんですよ。さっちゃんを、よその男に奪われないように。」




飄々とそう言った光に、要人は目を細めた。


……最初はその風貌と、誰に対しても優しく丁寧ながら、媚びない慇懃無礼に、喰えない男としか思っていなかったが、何度もこうして言葉を交わすうちに、何となくわかってきた。

桜子とずっと相思相愛だったのに、弟のために我慢したのだろう、と。


光と薫、どちらの男と一緒になることが、桜子にとって幸せなのか……まだ、要人にはわからない。


要人はまだ薫と対面していない。


だが、聡明な孫が選んだ男なら、間違いないだろう。

5つも歳下で、まだ大学に入学したばかりというのが引っかかるが……。


……。


……いや。

その頃の自分自身を思い起こせば、20歳そこそこの若人の、人を愛する想いの強さをあなどることなどできない。


むしろ、いかんともしがたい年齢差をものともせず、周囲の祝福を勝ち取り、学生結婚を現実のものとした男の手腕を褒めるべきだろう。



「なるほど。薫くんに会うのが楽しみになったよ。どうすれば、仲良くなれるかな?」


要人の問いに、章と光は顔を見合わせてから、口々に同じ事を言った。

「ほっといても、薫くんのほうから寄ってきますよ。」

「竹原さん、薫の好きそうなタイプだから、普通にしてたら勝手になつくんじゃないかな。」



2人の言葉に、要人は心から謝辞を述べた。



章は、手土産に、つい今しがた光が焙煎したばかりのコーヒー豆を包んでくれた。


「どうぞ。京都の水に合うか、自信ありませんが……。」
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