いつも、雨
「……確か、水道水はこちらも同じ淀川水系の琵琶湖の水でしたが……井戸水は、やはり違いますかな?」

近くに酒造メーカーが建ち並んでいることを思い出して、要人は首を傾げた。


章は苦笑して見せた。

「井戸水に関しては、この辺りは複雑なんですよ。六甲からの川ごとに伏流水の性質が違うので、一概に言えないのですが、うちの水はかなり軟水ですから、京都と近いかもしれませんね。入れてみてください。……よろしければ、水も持って帰られて、試されますか?」


「いや、そこまでは……」

断ろうとして、要人は、考え直した。


まだ桜子が神戸を離れて一週間ちょっと……それも、ラブラブ新婚生活満喫中のはずだから、ホームシックには早いかもしれない。


それでも、慣れ親しんだ味のコーヒーを飲めば、喜ぶだろうか。


……ふむ。


「ではお言葉に甘えて、水もいただいてよろしいですか?」



章が返事するより前に、光が2リットルのペットボトルに水を準備し始めていた。



「ありがとう。また寄らせていただきます。」




水とコーヒー豆を抱えて店を出ると、秘書の芦沢が車から慌てて降りてきて、荷物を受け取った。


「すまんな。」

「いえ。……あの、原さんから連絡がありました。明日、桜子さんの御主人様の入学式だそうです。桜子さんも午前中会社をお休みされて、入学式に参列されるよう勧められたとのことです。」


芦沢の報告に、要人の眉毛がぴくりと上がった。



噂の婿殿の入学式か。


「では、私も付き添ってみるかな。」


要人のつぶやきに、芦沢はぶるぶると首を横に振った。


「社長は明日の午前中は会議です!無理です!……代わりに、自分が同行してお二人の写真を撮ってくるよう申しつかりました。」


「ふん。つまらん。……まあ、週末の園遊会には、婿殿も来てくれるか。待ち遠しいな。」


珍しく本当に楽しみにしているらしい要人の様子に、芦沢はこっそり息をついた。


……明日の写真撮影って、けっこう……責任重大じゃねーの?俺……。


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その夜、要人は妻の佐那子のためにコーヒーを入れた。


ゆっくりごりごりと豆を挽き、ネルのフィルターをドリッパーにセットすると、我が家の井戸水を沸騰させたお湯を注いだ。

じっくり蒸らしながらお湯を注ぎ、佐那子のお気に入りの深川のコーヒーカップに入れて、手渡した。
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