いつも、雨
「……そのつもりでしたが……結局、どなたにもお願いいたしませんでした。キタさんの居場所と役割がなくしてしまったら、張り合いがなくなって……がっくりされそうで。……唯一自炊経験のある娘婿が、頑張ってくれてますわ。それに、最近は、百合子もお手伝いしてますのよ。」



あの百合子が、家事を手伝う、だと?

義人は心底驚いたが、顔に出さないよう努めた。



……ああ、それで、百合子が玄関に出てきたのか……。


ようやく得心し、少し気が軽くなったのを自覚した。


今さらどうこうなるわけもないが、やはり百合子の存在は義人にとって特別過ぎるほど特別だった。





不意に、義人の携帯が鳴った。

運転中なので赤信号になるのを待って、スピーカーに切り替えた。



「はい?希和?あと20分ぐらいで着くけど。どしたん?」


用事があってもあまり電話という手段を使わない妻が、わざわざしつこくかけてきたことに違和感と不安を覚えた。


希和子はすぐには答えず……背後から、小さな嗚咽のような……湿った音が聞こえてきた。



「希和?」


再び呼びかけると、ようやく希和子の声が聞こえてきた。


『……義人さん……ごめんなさい。……美弥さんが……孝義くんの奥様が、先ほど……お亡くなりに……』


涙まじりで、つかえつかえながら、そこまで言ったあとは、希和子の泣き声しか聞こえなくなってしまった。




義人は、慌てて路肩に車を停め、スピーカーを解除した。


「もしもし?希和?大丈夫か?」

『……。』



しゃくりあげる声しかしない。


……大丈夫なわけがない。

希和子はずっと、身体の弱い彼女を助けるために頑張ってきた。

最初は義実家のため、親友の妻のため、だったとしても……心映えの美しいたおやかな奥方に好意がなければ続かなかっただろう。


「……わかった。とりあえず、おばさまをご自宅にお送りしてから、そっち行くから。」

『……ごめんなさい。……おばさまにも、本当に……ごめんなさい……。』



さめざめと泣く希和子との電話をようやく切ると、義人は振り返って後部座席の領子に言った。


「おばさま、申し訳ありません。寺のお裏方さまがお亡くなりになられたそうです。今日はもちろん中止ですが……もしかしたら、お茶のお稽古自体が当分なくなるやもしれません。……わざわざご準備いただきましたのに、すみません。……ご自宅まで、お送りいたしますね。」




領子は、胸を押さえて神妙な顔をしていた。


スピーカーからの声で、ある程度の事情はわかった。
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