いつも、雨
いったい、いくつの頃の領子に話しかけているのだろうか。


一夫の手前、返答に困る領子に、キタさんはたたみかけるように言った。

「またワガママおっしゃったんでしょ。困りましたねえ。わかってるんですよ。ねえやには。ちゃんと。」

「……ねえや。わたくしには、わからないわ。ワガママを言ってるつもりもないのよ。……ねえ。ねえやが、叱ってくださらないと……わたくし、ますます、ワガママの度が過ぎて……そのうち、本当に、一夫さんに、呆れられちゃうわ。」


すると、キタさんは、にこーっと微笑んで……まるで愛しい我が子にするように、領子の頭を撫でた。


細い、筋張った腕が露わになった。



いつの間に、こんなに痩せたのかしから。



頭を撫でてもらいながら、領子はポロポロと涙をこぼした。



「お嬢様。大丈夫ですよ。一夫さんは、ちゃーんとわかってらっしゃいますから。一夫さんは、ねえやとおんなじ。おんなじように、お嬢様の幸せを一番に願ってくださってますから。本当に素敵な殿方。……大丈夫ですよ。」


キタさんの言葉に、一夫の目も真っ赤になった。


領子に比べれば、そりゃあ一緒に暮らした年月は短い。

しかし、30年以上、家族だったのは事実だ。

いつもいつも、家を支え、守ってくれたのは、キタさんだった。


「キタさん。おおきに。ありがとう。大丈夫や。わかってる。キタさんの言う通りや。わしかて、領ちゃんの幸せが一番大事や。気持ちは、変わってへん。任しとき。」


……時が来れば、解放してやることが領子の幸せだというなら、気持ちよく送り出してやろう。



一夫の気持ちは、キタさんにちゃんと伝わったのだろうか……。




キタさんの目はいつの間にか、再び閉じてしまっていた。


まだ息をしていることに安堵したものの、領子は不安で不安で仕方なかった。

いつまでも、キタさんの手を握り、その甲をさすり続けた。





さらに一週間の昏睡状態を経て、キタさんは静かに息を引き取った。






享年80歳。



血縁との家族運には恵まれなかったが、それ以上に領子と幸せな年月を過ごした……と、遺書には謝辞が溢れていた。




キタさんは、お給料をほとんど使わなかったため、かなりの額の遺産を残した。

その全てを、領子が役員を勤めるボランティア団体に寄付したいと申し出ていた。
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