いつも、雨
「……今、ここで、あなたを相手に感情的になっても仕方ないでしょう。……逃げます。今は。……そうですね、お望みでしたら、明日にでも、直接、領子さまにプロポーズしてみますよ。ダメ元でね。失礼。」


要人はそう言って、伝票をつまみ上げると、踵を返してレジへと向かった。



すぐ後ろで一夫が何か言っていたが、無視した。


それ以上、一夫に一瞥もしないまま……要人は店を出ると、待機していた車に乗り込んだ。





「……社長?どうかされましたか?」


秘書の原に尋ねられ、要人は、ふんと鼻を鳴らした。



明らかに、要人は不機嫌だった。


しかし返事がないので、原はそれ以上言葉をかけず、放置した。




しばらくしてから、要人が口を開いた。


「……一夫くんにけしかけられて、明日、領子さまにプロポーズすることになったんだが……指輪が間に合わないとか、花はどこで準備するかとか、いつもと同じことばかり考えている自分に、呆れる。」 



……はあ?



原は、マジマジと要人の不貞腐れた顔を見た。




まだ佐那子の四十九日が済んだばかりだ。

納骨さえすませていない。

自宅には佐那子の骨がまだ鎮座して、要人の帰りを待っている。


それなのに、プロポーズだと?

しかも、旦那の勧めで?


……有り得ないだろ。


意味がわからん。



……。


……いや。


さすがに、橘一夫氏も、わけがわからん関係を何十年も続けて……墓場まで持ってくのは嫌になったのか?





答えに窮する原に気づき、要人は苦笑して見せた。

「……君も、呆れたやろ。すまないな。……まったく……、一夫くんは、すごいな。」


「すごい、ですか?」


そもそも一夫のことを、要人や、亡くなった佐那子ほどに評価していない原は、どこまでも懐疑的だ。


かいかぶりすぎですよ、という言葉はさすがに飲み込んだが、要人は大真面目にうなずいた。


「ああ。かなわんよ。俺は。……どう懇願しても、領子さまが俺を選んで下さると思えない。」

「……。」

 
原は何も言わずに、眉間に皺を寄せて、要人を見ていた。



要人もまた、それ以上の言葉を発することなく、黙り込んでしまった。


*********************************************


翌日、要人はいつものように自宅で朝食をとり、いつも通り、迎えにやって来た原と共に車に乗り込んだ。
< 554 / 666 >

この作品をシェア

pagetop