いつも、雨
11時半に、全ての準備が整った。


要人は、馬鹿馬鹿しいほど目立つ深紅の薔薇の大きな花束を抱えて、橘家の玄関チャイムを押した。


ちょうどお昼時だったが、一夫も、婿の碧生(あおい)も仕事に出ていて、領子と百合子だけが在宅していた。



「……え?ナニゴトですか?」

モニターで薔薇を抱えた要人を見て、百合子は目を丸くした。


「……。」


領子は、娘にも、インターフォンの先の要人にも何も返事できないまま、そそくさと身支度を整えて、玄関に向かった。

 
「お母さま?あの、これはいったい……。」


追いすがる百合子に、領子は玄関で草履を履きながら言った。


「大丈夫よ。出かけますけど、必ず帰ります、と、一夫さんに伝えて。」



……どういう意味!?


唖然としている百合子にそれ以上何も言わず、領子は戸を閉めて出て行ってしまった。


残された百合子は、わけのわからないまま……でも、誰にも相談することもできそうにないので、結局そーっと出て、母の背中を追った。



領子はちょうど門から出るところだった。

大きな薔薇の花束は、領子には重そうだ。


要人は領子を抱き寄せながら、花束にも手を添えた。


そうして、誰はばかることなく、領子の頬に口付けた。



……えええええ。


今さら2人の関係に驚くことはないけれど、よりによって、自宅の前であんなこと……。


お母さま!?

ほんとに、ちゃんと帰っていらっしゃるんでしょうねえ?



百合子の心配をよそに、要人と領子を乗せた車は、あっという間に見えなくなった。





「……え?ここ、ですか?」

車は、観光客で賑わう名刹で停まった。

領子の家からそう離れていないが、むしろ恭匡と由未の住まう家から目と鼻の先だ。


「ええ。前から、領子さまと散歩してみたいと思っていました。……暑い盛りですが。」
 
要人は、フリルのかわいい白い日傘をさすと、まるで雨の日の相合い傘のように、領子を抱き寄せて歩き出した。


「……ずいぶん……大胆ですのね……。」


多少の嫌味を含んだ口振りに、要人は苦笑した。


「隠れる必要がなくなりましたから。……これからは、こうして、どこへでも手をつないで参りましょう。観光地にも、レストランにも。」


「……困るわ。」


ずっと領子自身も望んできたことなのに、いざそんな風に言われると、喜ぶことはできなかった。


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