いつも、雨
「ずるいわ。竹原は、それでいいかもしれませんけれど、わたくしは……外聞が悪いことは、できません。……嫌ですわ。」


「そうですか?……では、領子さまも、誰からも後ろ指さされることのないようにいたしませんか?」


緊張感を押さえ込むように、敢えて要人は飄々と続けた。


「あと何年、元気でいられるか、わかりませんが、残された人生を、昼も夜も、領子さまとご一緒したい。……俺と、結婚してください。」



蓮の花がまだ美しく咲いている池のほとりで、領子の白い手をそっと取った。


いつの間に準備したのか、要人はキラキラと輝くダイヤの指輪を領子の指にはめてしまった。




「……今さら、主人を、独りになんてできませんわ。」


領子はため息をついてから、そう言った。



「まあ、そう仰るだろうとは思っていましたが……。」


要人の苦笑につられて、領子も悲しい微笑を見せた。


「竹原を愛しています。でも、主人にとても感謝しています。……このままじゃ、いけませんの?」


「……正直なところ、俺は、まあ、それでも充分なのですが……このままの状況でいることは、一夫さんが、お辛いようですよ。」


領子は、ためらいがちに頷いてから、そっと要人の胸に頬を寄せた。


領子の熱に、要人の中の男が鎌首をもたげた。



「……夕べ、うかがいましたわ。主人の気持ち。……ますます、ありがたいと、思いました。拝みたくなりましたわ。でも、そんな主人を捨てることは、人としてできないと思いました。……ごめんなさい。わたくしのわがままです。どうか、このままでいてください。」

そう言ってから、領子は自分の指にはめられた指輪に目を落とした。

よく見れば、プラチナのリングの凹凸は、模様ではなく文字のようだ。


「……これ……何か、彫ってありますの?」


「ああ……。領子さまがプロポーズをお断りされても、指輪をつっ返されないようにしてもらいました。テュ エ トットゥ マ ヴィ。……パッと見、わからないでしょう?」


要人はそう言って、領子の手を取り、その指にそっと口づけた。


「……どういう意味ですの?」

一応、大学の第二外国語でフランス語を履修したのだが、50年も経てば、基礎的なこともほとんど覚えていないようだ。


領子の気恥ずかしそうな問いに、要人はニヤリと笑った。


「領子さまは、俺の人生の全てですよ。内側には、名前が刻んであります。日付はありません。……ですから、今日はお断りでも、明日でも来週でも来月でも来年でも、気が変われば、結婚してください。期限はありません。」
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