いつも、雨
……つまらない演奏だな。

最後まで弾ききると、要人は自己嫌悪でいっぱいになった。


領子は最初こそ、目にハートをいっぱい浮かべて見つめていたが……要人の表情に気づいてしまうと……胸が苦しくなってきた。

自分のおねだりが、要人に嫌な想いをさせてしまったのかもしれない。


……でも、どうして?

とても上手なのに……どうして、そんなにつらそうなお顔をしてらっしゃるの?


どうお声をおかけするか……困って見ていると、廊下の板がきしむ音が聞こえてきた。


「領子さん!?すばらしいわ!やればできるじゃありませか!」

そう言いながら、なかなかの勢いで障子を開けて入って来たのは、領子の母親だった。


「あ……。」

領子は、母親が立ったまま障子を開けたのを初めて見て、驚いた。


でも、天花寺夫人の驚きは、そんなものではない。

ちっとも上達せず、ヤキモキしていた娘の琴が、気がついたら巧くなっていたのだ。

これで、週末の桜の会で安心してご披露できる……と、喜び勇んで駆け付けてみれば……琴の前にお行儀よく座って居たのは、使用人の青年ではないか。


「……失礼しました。」

要人は一礼すると、琴の側から膝行(いざ)り退(しりぞ)き、琴の爪をはずした。


「ま……あ……。あなた……そんなことまで、おできになるの……。」

夫人は、毒気を抜かれたように、そうつぶやいた。


恐縮してうつむく要人に代わって、なぜか領子が得意そうに吹聴した。

「お兄ちゃんは、何でもできるのよ。習わなくても、できるの。昔からお兄さまの宿題もスラスラできたし、お琴だけじゃなくて、お茶のお点前も、活け花も、書も、」

「領子さま。」

要人は、意識して冷ややかな声で領子を呼ぶことで、威嚇した。


領子は少し怯むと、

「……お兄ちゃんじゃなくて……竹原?」

と、2人の顔色を見て、小声で言い直した。



……いや、そっちじゃなくて……まあ、それもそうなんだけど……俺の有能さなんか、アピールするなよ。

しかも、書はまずい。

天花寺の書は一子相伝。

恭風だけが継承すべき書風だ。

領子でさえ真似ることは許されないのに、要人が小器用に模写できると知られるわけにはいかない。
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