いつも、雨
「最初は……ああ、小学校の算数の復習みたいなもんですね。……領子さま、わかりますか?……とりあえず、練習問題を解いてみてください。わからないところがあるようでしたら、お教えします。」

「どうして敬語なの?」

領子は、教科書の問題をノートに書き写しながら、そう尋ねた。


「……けじめです。」

要人がそう答えると、領子は首を傾げた。

まるで問題がわからない……というようなポーズは、少し離れた見物人を意識しているのだろう。

「変なの。家庭教師なら、わたくしのほうが『先生』って呼んで敬語を使うべきじゃないかしら?」

「……普通ならそうでしょうね。でも、天花寺家は普通じゃありませんから。……俺は、家庭教師の役目を引き受けただけで、領子さまの教師じゃないってこと。」


領子はパッと要人を見て、それから慌てて再び視線をノートに落とした。

そして、ぽつりとつぶやくように言った。

「2人きりの時だけでも……敬語はやめてほしい……な……。わたくしも……普通に、お兄ちゃんと昔のように……お話ししたい……。」


要人は口元が緩むのを手で隠した。


気持ちはわかる。

わかるけど……

「あかん。こういうの、癖になるから。……俺は使い分けできても、領子さまは、すぐボロを出すから。……ご両親も、橘の千歳さまも、快く思われませんよ。」

領子のリクエスト通り、なるべく砕けて窘めたつもりだった。


でも、領子はポロッと涙をこぼした。

びっくりしたけれど、領子は鼻をすすって、傍目には何事もなかったように手を動かし続けた。

涙がポタポタとノートに落ちる。


「領子さま……?」

「……どうして……わたくしには、イケズばっかりおっしゃるの?……お兄ちゃん以外のヒトのことなんか……考えられないのに……聞きたくない……」

領子は鼻をすすりながらそう言うと、キョロキョロとティッシュを目で探した。


慌てて箱ティッシュを……なるべく雪見障子の向こうの観客には見えないように、机の影からそっと手渡した。

ガシッとその手を掴まえられてしまった。

「領子さま……」

「いや。」

「……とりあえず、涙を拭いてください。」

「いや!」

「領子さま。」

押し問答というよりは、痴話喧嘩のようなやり取りだが、本人同士はいたって真剣だった。


まずい。

この雰囲気。

要人は、舌打ちして、領子の手を振りほどこうとした。


でも、小さな舌打ち1つで、びくりと肩を震わせた領子を……突き放すことはできなかった……。


「好きです。」

両目が溶けてしまいそうなぐらい、ぐちゃぐちゃに涙で濡らして、領子は要人に告白した。
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