いつも、雨
天花寺夫妻も、昔は息子が元気に子方を勤める舞台を目を細めて観てらした。

……が、長ずるにしたがって、息子はどっぷり幽玄の世界にハマってしまい……夫妻の理解と興味は薄れた……。


「いや、俺かて、全然得意ちゃうで?……せめて恭風さまの舞ってらっしゃる時は、寝えへんようにがんばらな。」

要人が苦笑すると、領子はニコッとほほ笑んだ。

「あら。むしろお兄さまがシテじゃない時のほうが、寝てるとバレちゃうわよ。お兄さま、ご自分の出番以外はずっと地謡で舞台にいらっしゃるから。」

「げ……マジか……。」


頭を掻く要人に、領子はくすくす笑って……その勢いで、言った。

「2日の夜は早めにお休みくださいね。新幹線も寝て来られるといいわ。3日の夜は、お兄さま、打ち上げで帰って来られないそうよ。……わたくし、独りでは怖くて眠れませんわ。竹原、ねえやの代わりに、そばにいてくださらない?」


……。


要人は、領子の意図を正確にくみ取った。

その上での無言。



……困ってらっしゃる?

また、断わられてしまうのかしら……。

でも……絶好のチャンスよ?



領子は辛抱強く、じっと要人を見つめた。



瞳が……揺れてる……。

参ったな。

もう、そろそろ……限界……ではあるが……わかってるのか?

今までは、今日のように、俺は東京にいる振りをして、京都でデートを重ねてきた。

でも、3日は、俺も京都に行くってことを周知しているのに……宿泊はできないだろう。

せっかく今まで積み重ねてきたアリバイの数々が、無駄になりはしないか?

今はまだ、2人の関係を誰にも知られたくない。


……今回は……むしろ、ダメだ。

と、頭ではわかっているものの……要人には、領子の気持ちもわかる。

東京では、外泊することは不可能だ。

ここ京都には、兄がいる。

3日は、ようやく訪れた家族の目のない夜、なのだろう。


……わかるけど……参ったな……。



要人が返事に窮していると、領子の顔から表情が消えていった。

「わかりました。ワガママ言って、ごめんなさい。」


しょんぼりそう謝った領子がかわいくて……、要人は思わず領子を抱きしめた。



そんな顔、見たくない。

領子さまには、ずっと幸せそうに笑っていてほしい。
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