いつも、雨
当たらずとも遠からず……か。


何となく鋭い視線を感じて、要人は、何食わぬ顔で通り過ぎた。


鴨五郎のおっちゃんの自宅?

おっちゃん……生きてるか?

あの、貸倉庫の中には何が入ってるんや?


俺に、いったい何を託したんや?

……なんで、貸倉庫も、ココも……こんなに厳重に見張られてるんや?


ちっ……と、小さく舌打ちしても、事態は何も変わらない。


見通しのつかない迷路の中にいるようだった。



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5月3日。

領子は朝から恭風のお舞台を手伝いに行った。


素人会ではなく、玄人も入り交じっての会だ。

恭風は毎年イイお役をもらっていたが、今年は格別だ。

「お披(ひら)キ」と呼ばれる、特別に伝授を受けなければ上演することが許されない大曲のシテを勤める。


……子方から熱心にお稽古してきたとはいえ、素人の大学生には過分過ぎる待遇だ。

しかし、恭風の技術はそこいらの玄人を凌駕する。



「……いっそ、本職の能楽師さんになられてはいかがですか?」

真剣そのものでお能に取り組む兄に、領子は何度もそう言って来た。

「そやなあ。それもええなあ。……わしが、天花寺の跡取りやなかったらなあ。」


恭風は、天花寺家に生まれたことに誇りを持ちながらも、諦めている。


「では、早くご結婚なさって、次の代に託してから、本腰を入れるとか……。」

「そやなあ。それもええなあ。」


何を言っても、のらりくらり……いつも、否定も同意もしない兄に、領子は痺れを切らした。


「もう!……あら……竹原……。」

気がつくと、要人が笑いをこらえて、すぐそばに立っていた。


「ごきげんよう。領子さま。……恭風さま。この度は、お披キ、おめでとうございます。」


要人は、領子には軽く会釈してから、恭風の前にきちんと座って、言祝(ことほ)いだ。


ぱあああっ!と表情を輝かせて、恭風は要人を迎えた。

「竹原!来てくれたんや。おおきに。ありがとう。ありがとうな。……せや、これ、もろといて。披キの記念の舞扇や。」

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