いつも、雨
……貴船って……季節はずれじゃないかしら?


遠い昔、今は亡き祖母が、夏休みに連れて行ってくださったことがある。


山の中の、綺麗な渓流に張り出した「川床」(かわどこ)で、流し素麺を食べたわ。

足を川の水につけたら、とても冷たくて……。


「今日は素麺じゃないで。」

何か言いたげな領子に、ニッと笑って、要人がそう言った。

「……あったかいお素麺?にゅうめん?」

「いや。会席。」


ふぅん……と、領子は曖昧な反応をした。




洛中を北へ突き抜けて、さらに北上する。

ひらけた川のそばから、いかにも山へと車は進む。

夜の山道が何となく怖くて……領子は、要人の手にそっと触れた。


……冷たい。

やっぱり緊張してるのかな?


要人は、優しく力を込めて、領子の小さな手を包み込むように握った。



「あぁ、雨が降って来ましたわ。」

運転手さんの言う通り、雨粒が車窓を歪める。



何もない山道を進むと、「鄙びた」というよりは「趣向を凝らした」別荘のような広い料理旅館の灯りが立ち並ぶ貴船に到着した。

タクシーが停まると、玄関先で待っていてくれたらしく、仲居さんと番頭さんが番傘を持って出て来てくれた。

「まあまあ。あいにくの雨になりましたね。竹原さま。お待ちいたしておりました。おこしやす。どうぞ。……足元、滑りますので、お気をつけくださいませ。」


「ありがとうございます。お世話になります。」

まだ年若いのに堂々としている要人を、領子は頼もしく見つめた。




案内されたお部屋の大きな窓からは、川のせせらぎが聞こえた。

「川床……もうあるの?」

驚く領子に、仲居さんが説明してくれた。

「まだ寒いんですけどねえ。みなさん、川床を楽しみに来られますので。……ご希望で、ご夕食も明日の朝食も川床で召し上がっていただけますが……この雨は、明日もずっと降り続くそうですわ。……お食事のお時間は、どうされますか?」

「……30分後にしてください。先にお風呂をいただきます。」

要人がそう応えると、仲居さんは笑顔で承り、……ふと気づいたように言った。

「お風呂の貸切も、まだ余裕ございますけど、予約をお取りいたしましょうか?」
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