小倉ひとつ。
敷石が残りふたつになったところで、瀧川さんがホッカイロをコートのポケットにしまった。


指先の赤みは少し落ち着いている。さっきは霜焼けになりそうな勢いだったから、少しはあたたまっていたらいいんだけれど。


瀧川さんが私より一歩ぶん先に手を伸ばして、からりと引き戸を開けてくれる。


手慣れた音に連なって、呼び鈴がちりんと鳴った。


初めから私の左側に並んでいたのは、左側だと扉を開けやすいからだろうなあ……。開けてもらって今気づいた。


「どうぞ」

「すみません、ありがとうございます」

「いいえ」


少し急いで中に入ると、ほっとするようなあたたかさがお出迎え。


冷えた体にお店のあたたかさが嬉しい。


自分も手早く入って扉を閉めてくれた瀧川さんに、ありがとうございますをもう一度追加する。瀧川さんもいいえを返してくれた。


「こんにちは。いらっしゃいませ」


扉を閉め終わって振り向いたところで、声をかけてくれたのは、稲中さんの奥さん。


今日は奥さんが表の当番なんだ。そうだよね、最近裏方とか仕込みとかをなさることが多かったもんね。


稲中さんはもちろんずっと厨房だけれど、奥さんや息子さんご夫婦は、お互いに譲り合いながらお仕事を回している。


奥さんは今日も綺麗に髪を結って、ぴしりと糊がかかった制服を着ている。そのシワのないエプロンに、今日も素敵だなと思った。
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