小倉ひとつ。
「でも、間違えても立花さんのお荷物が私のところに来るだけですから、そんなに問題はありませんが」

「他の方でなくてよかったですよね。間違えてもお互いに交換すればいいわけですし」


笑い合いながらまたボウルを持ち上げようとしたら、瀧川さんが私の手首を見て、首を傾げるように瞬きをした。


「立花さんって、普段から時計を着けてらっしゃいました?」

「いいえ。茶器を傷つけるかもしれないので、普段は着けません」


洗い物をするときにぶつけたら茶器を傷つける。

運ぶときに腕時計が見えたら、せっかくの雰囲気を壊してしまって、お客さんも私もなんだか悲しい。


だから、お仕事中は特に注意して腕時計をしないんだけれど、今日は傷つける心配がないので着けてきた。


稲やさんでは壁に時計がかかっているので、腕時計がなくても困らない。


瀧川さんのお部屋には時計があると思うけれど、道すがら一々スマホを確認するのは手間だから、邪魔にならない程度の、小さめの時計盤のものを選んだ。


腕時計を着けられる状況なら、着けておいた方が楽でいい。


「そうですよね。腕時計を着けていらっしゃるところを初めて拝見したような気がして」

「稲やさんでは絶対に着けないですものね」


今は店員だし、お客さんだった小さい頃もやっぱり着けていなかったし。


お茶をいただくお店に伺う際には、手元の時計やアクセサリーは外しなさいというのは、幼い頃から祖母に口を酸っぱくして言われてきたことだ。
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