小倉ひとつ。
稲やさんはクリスマスでも特別に繁盛するわけではないので、たい焼きはいつも通りに売れる。


だからクリスマスでも、ケーキや特別メニューがある他のお店みたいに、お休みを振り替えして働いてほしいというようなお願いはされない。


そのぶん、瀧川さんは絶対何か予定があると思っていた。


お仕事はクリスマスに関係ないかもしれないけれど、こう、その、……彼女さんとか。

でも彼女さんがいたら、私を食事に誘うなんてしないだろうか。


いろいろ考えたら分からなくなってきたので、不躾な自覚はあるけれど、世間話に紛れ込ませてみたのだった。


「いえ、毎年全然予定がないんです。ずっと独り身で寂しいクリスマスですよ」


いや、瀧川さんは絶対モテるでしょう。


少なくとも、学生時代にはご友人に誘われてクリスマスパーティーをしていた。


たまたまってことはあるかもしれないけれど、どう見ても、毎年ずっと寂しいクリスマスではなさそうである。


……というか、あんなにたい焼きがお好きなのに、平日に重なってお仕事をされていたクリスマスを除いて、休日だったときのクリスマスには稲やさんにいらしていなかったことを知っている。


私は今年以外のこの三年間、ずっと寂しくお仕事だったので。


お仕事をする前も、もしかしたらいらっしゃるかもしれないなんて思ってしまって、誘いを全部断って稲やさんに行くのが常だった。好きだと自覚したときからずっと。
< 167 / 420 >

この作品をシェア

pagetop