小倉ひとつ。
私の稲やでの最初のお仕事は、お庭のお掃除だ。


お客さまが一番最初に見るところだから、しっかり丁寧に掃除しないといけない。


特に今は秋だから、落ち葉をこまめに集める必要がある。


敷石を一つずつ戻って玄関に着くと、「稲や」と書かれた四角い行灯の下に、少し枯れ葉が積もっていた。


……うわあ、瀧川さんに見られたよねこれ。早く掃除しなくちゃ。


慌ててからりと引き戸を開けると、釣鐘が軽やかに鳴った。


稲中(いなか)さーん」


引き戸を閉めて、奥に向かって呼びかける。


「はあい」

「瀧川さん、十三時に小倉ひとつ、だそうです」

「はあい。瀧川くんはいつも変わらないねえ」


奥からひょっこり顔を覗かせて頬を緩ませる稲中さんは、稲やの五代目の主人だ。


稲中だから、稲や。


覚えやすくて呼びやすい、端的な店名である。


「お掃除始めてもいいですか?」

「いいよお」


仕入れやお庭の整備の邪魔になることもあるので、いつも手順は同じだけれど、確認はしっかりする。


私は消毒をまだしていないから、衛生面で奥には近づけずに、声を張ることになる。稲中さんも声を張ってくれる。


ゆったりした言い方の許可を得てから、毎朝お掃除をするのである。


はい、と返事をして、裏に回って竹箒を持ち出す。


玄関から門扉までざかざか掃いて集めて、裏に捨てるのが主な流れ。


掃くのが終わったら行灯にハタキをかけて、玄関の扉の曇りガラスを磨く。


まずはお店の近くのお客さまが通るところから。そう教えてくれたのは、稲中さんの奥さんだ。
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