小倉ひとつ。
「いいえ。ありがとうございます、ごちそうさまです」

「いえいえ」


瀧川さんも札と荷物を交換して、しっかり防寒する。


扉を開けてくれた店員さんの、またのご来店をお待ちしております、という綺麗なお辞儀を背に、ふたりで頭を下げて、お店を失礼した。


「美味しかったです。素敵なお店をご紹介いただきましてありがとうございました」


階段までは少し距離がある。黙っているのも感じが悪いかなと、お礼がてら話をしてみた。


「それはよかったです。こちらこそ、わがままを申しました」

「いえ、とんでもないです。ありがとうございます」


わがままは、ごちそうしていただいたことに対してだろう。にっこり笑って別の話題を振る。


「札を間違えていなくてよかったですよね」


コートを示しながら見上げると、一拍置いてさっきのⅨとⅪの話だと合点がいったらしい瀧川さんは、「ええ」と優しく微笑んだ。


瀧川さんが歩く度、キャメルのコートの裾が柔らかく揺れている。


私はグレーのコートだし、休日用だから、ばっちり防寒できるようにもこもこファーがついているし、レディースとメンズじゃ全然違うから、やっぱり間違えても問題はなかったけれど。


なんて思っていたら。
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