小倉ひとつ。
小学校に上がると、ひとりで電車に乗って土日に稲やさんを訪れるようになった。


その度に稲中さんが「よく来たねえ」と出迎えてくれるのが嬉しくて、顔見知りの常連さんに構ってもらえるのが楽しくて、ひとりでお茶をいただくのが誇らしかった。


それから通い続け、たまに母や祖母からお使いを頼まれて、たい焼きやおはぎや干菓子を多めに買いながら。

極々まれにお店のお掃除を手伝うようになり、おふたりにお呼ばれしてお店の裏の稲中さんのお家に突撃し。

息子さん夫婦にも懐いて、私より年下の息子さん夫婦の娘さんを愛でながら、私は大学生になった。


私がアルバイト先を探していることを知った稲中さんがお仕事をくれて、今に至っている。


常連さんはみんな一様に驚いて、それからゆっくり笑い、頑張ってね、と励ましてくれた。顔見知りがいきなり店員になって、さぞやびっくりしただろうなあ、と思う。


着物は少し値が張るから、従業員は手洗いできる簡単なものを着る。

緑の作務衣とからしの和風スカート。


初めは庭先のお掃除だった。


次はお店の中を。洗い物を。お客さまのご案内を。お会計を。発注を。最近、お抹茶を点てさせてもらえるようになった。


さすがに仕込みはまだ邪魔になるので、できることは手伝うけれど、私は十七時には上がる。


大学一年生のときは、お店が多忙な午前中に行くのは休日だけだった。


二年生になって週三になり、三年生になって週四になって、大学四年生の今は、定休日の水曜日と、何かと予定が入る土曜日を除く週五日で勤務している。
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