小倉ひとつ。
「末廣のお客さま」

「はい」


小ぶりな盆の漆の落ち着いた赤と、練り切りの淡い色の対比が上品に鮮やかだ。


奥さんは私と瀧川さんそれぞれの目の前にお茶碗を置き、失礼します、とその隣に懐紙にのせた練り切りと菓子切りを並べてくれた。


ふたりでありがとうございますを言うと、ごゆっくりどうぞ、と静かに戸が閉められた。


瀧川さんと練り切りは違うけれど、派手すぎず美しい意匠の菓子切りと小ぶりの梅がささやかに描かれた筒茶碗はお揃いで、おそらく揃えてくださったんだと思う。


お茶が冷めてしまう前にいただきましょうか、と声をかけると、瀧川さんはにこりと頷いて、手慣れた仕草で菓子切りを手に取った。


お菓子をいただいてからお茶をいただくのが決められた手順。


それに倣って、私も優しい丸みを帯びた扇形を三分の一程度に分ける。うん、相変わらず美味しい。


「練り切り美味しいですね……!」


練り切りをゆっくり口に運んだ瀧川さんが、ぱっと目を輝かせた。


感嘆がにじんだ嬉しそうな微笑みに、美味しいですよね、と何度も頷く。


ここの上生菓子は見た目も味も素敵で、老舗の風格がそこかしこに漂う。


お茶が好きなら誰もが美味しいと思うものばかりで、どれをいただいてもハズレがない。さすが老舗。


得意じゃないっていうのはあんこが苦手な方くらいじゃないかな。


いつも控えめな甘さの練り切りだから、稲やさんの控えめな甘さのたい焼きがお好きな瀧川さんなら、絶対美味しいって言ってくれると思った。よかった。
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