小倉ひとつ。
そう、思わず聞いていた。


家族のぶんを買うのはまた今度でもいい。


「この間は瀧川さんのお家にお招きいただいたので、そのお礼に。今ならお抹茶つきです」


思いつきは良案に思えた。今日のご案内は、結局この間のお礼としては約束していない。


「ありがたくてとても素敵なご提案ですが、ご家族の方は……? ご迷惑になりませんか」

「大丈夫ですよ、今日はお茶会でみんな出払ってます」


祖母は大変仲のいい方から、それも祖母が大好きな全国屈指の老舗銘菓のお菓子があると一言つきでお呼ばれしたので、お気に入りの着物を着て朝からうきうき出かけて行き、

母はご相伴に預かれるということで、そのお手伝いにうきうき出かけて行き、

祖父と父は祖母と母の荷物が多いうえにお着物だから動きにくかろうと、足として車を運転しに出かけて行った。


だから今家には誰もいない。帰ってくるのは遅くなる見込みだった。


それはそれで駄目なんじゃないかと言われそうな状況だけれど、よく考えてみてほしい。


瀧川さんと私である。大丈夫。何も問題ない。


「今ならお茶室も広々使えます。いかがでしょう」


にっこり念押しすると、瀧川さんは少し迷って瞳を揺らしてから、そっと笑った。
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