小倉ひとつ。
「とんでもないです。すごく嬉しいです」


迷惑だなんて思うわけがない。


瀧川さん、私、どうしてもおどけるしかなかったとき以外、社交辞令を言ったことは一度もないんですよ。本当に本当にないんです。


瀧川さんのお誘いを断るだなんて、おそろしく体調不良だとか、どうしても都合がつかないだとか、そういうよほどのことがない限り絶対ないのに。


でもそれは言えなくて、やっぱり私は今回もおどけるしかなかった。


冗談にも社交辞令にも聞こえるように、なんとか本音を言い換える。


「本当に全然、迷惑だなんて。毎日お誘いくださっても構わないくらいです」


慎重に言い募ると、楽しそうに笑われた。


そういうふうに答えたから当然なんだけれど、瀧川さんは冗談だと思ったらしい。


「そう優しいことをおっしゃると本当に毎日お誘いしますが、よろしいんですか」

「えっ、誘ってくださらないんですか?」


おどけた返事が返ってきたので、私もそのまま倣っておく。


くすくす笑う私に、「次からお誘いしますね」と瀧川さんもくすくす笑った。


……この冗談が、冗談じゃなかったらいいのにな。


毎日なんて、お仕事の都合上難しいのは明白だ。

そのうえ瀧川さんは、稲やさんでもカフェでもご自宅でも、折り目正しい距離を保ち続けている。


だから冗談は冗談にしかなり得ない。


でもせめて、時間が合う日くらいはもっとお話できたら。


お客さまと店員でも構わないから、もう少しだけ瀧川さんと距離を詰められたらいいのに。


…………ああ、駄目だ。


駄目だなあ。


ほんとうに、欲が出る。
< 302 / 420 >

この作品をシェア

pagetop