小倉ひとつ。
瀧川さんの言動の背景は、どうしても推察できてしまう。


当然瀧川さんは何もおっしゃらない。


でも、この優しくて穏やかで素敵な方にはきっと、素敵なお知り合いやご友人がたくさんいらっしゃる。


今は分からないけれど、その中には少なからず素敵な恋人がいたんだろうっていうことは、想像に難くない。


手慣れた仕草のひとつひとつが、ふいに落とされる優しい微笑みが、ときめきとほんの少しの寂しさを連れてくる。


それでも好きです。私、ずっとずっと、勝手にあなたが好きです。

たとえあなたのその素敵さが、過去の誰かの影響かもしれなくても。


そうじゃないかもしれないのだし、そもそも今は、私との約束だもの、それで構わないし。


だから。


あなたから誘ってくださったんだからって、少しだけ、浮かれてもいいですか。


『そうしましたら、ランチとディナーのどちらにしましょうか。どちらの方がご都合よろしいですか?』


長い一瞬、覚悟を決める。


頑張れ私、今だけ欲張りになろう。いや最近結構そうだけれど。


でも、境界線を超えるなら今。今しかないでしょう。


「あの、……わが、ままを。わがままを、言ってもいいですか」


強張る唇を、震えないようにそっと開いた。
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