小倉ひとつ。
『ただいま。こちらは家に着きました』

『おかえり。こちらは今退社したところです』


帰りがけ、玄関で送ったメールに、夕ご飯の準備が終わってから返事が来た。

要さんと帰りの時間が全然違うのだと、初めて知った。


お昼に店内で食べるんじゃなくてお持ち帰りにしているってことは、やっぱり忙しいんだろう。


新年度で忙しくなったのかもしれない。

でも多分、一番初めの頃、日付も変わろうかという時間帯にお返事が来たことを鑑みるに、本当はいつも忙しいんだろう。

今まできっと、すごく忙しいのになんとかやりくりして、お昼休みだけは死守してくれていたんじゃないかな。


寂しいなあ、と思った。

寂しいですなんて言ったら邪魔かな、と思い直して、打ちかけた文を慌てて削除した。


翌日。前日の通りお店ではお持ち帰りの小倉を渡して、家ではただいまとおかえりを送り合う。


今日もこれで終わりかな、寂しいな、でもきっと忙しいんだろうしこっちからいろいろ話したら邪魔かな、なんて思っていたら。


『お誕生日は何か希望ありますか』


「っ」


……忘れられてるかもって思ってうまく話題にできなかったあの懐かしい約束を、叶えてくれるつもりらしい。


稲やさんでは、ささやかに今年も同じ小手鞠とアイリスが揺れている。

今年こそはお礼を言った。奥さんがただ控えめに笑い返してくださったばかりだった。
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