小倉ひとつ。
頭が真っ白で、ただひたすら首を横に振る。ええと、ええと。


「嬉しい」


切羽詰まって自分で自分が何を言っているのかさえ分からなくなるような心音に、思わずそうこぼしたら、要さんが固まった。


「あっうれし、……いけれど嬉しいは駄目っていうか違うっていうか、あれだよね、ごめんなさい、ええと」


ええと、ええと。言葉選びを間違った。嬉しいじゃなくて。


「お仕事のことも考えてくれてありがとう。その、私も舞い上がってて態度に出そうだから、よかったらお見送りのときにちょっとだけ話しかけたいんだけれど、駄目でしょうか……」

「ううん」


尻すぼみな崩れた敬語に、即答して。


「ううん、全然。全然駄目じゃない。俺も、嬉しい」

「あり、がとう。じゃあ、明日も話しかけてもいい?」

「うん。楽しみにしてる」

「うん。……約束ね」

「ん。約束」


ケーキの陰で小指を小さく立てた私に、見張った目をゆるりと和らげて、要さんも小さく小指を揺らした。


空気越しの指切りは、触れなくても確かな約束だった。
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