小倉ひとつ。
「お客さんと店員さんだとちょっと気が引けるけど、恋人なら交換してもいいかなと思って。でも一応稲中さんに確認した方がいい?」

「ううん、大丈夫。元々お客さんとの連絡禁止とは言われてないの。奥さんが顔の広い方だから、ご友人の方がお客さんとしていらっしゃることが多くて。私にも、もし嫌じゃなければお友達を連れてきていいからねっておっしゃってくださってるし」


要さんと連絡先を交換したなんて言ったら、「え、瀧川くんと!?」ってびっくりされるかもしれないけれど、注意はされないだろう。

それで注意する方々なら、私の恋を応援してくれたり見守ってくれたりしない。


そういう個人的な繋がりから広まって繁盛しているお店だから、そのあたりは自由なのだ。


「よかった。じゃあ、今夜からこっちで連絡させてね」

「うん。楽しみにしてる」

「ありがとう。……まあ、内容は変わらないけどね」


照れ隠しなのは分かったので、それでもだよ、と笑いながらケーキにフォークを入れる。


一口ごとに甘酸っぱさが余韻に残る。


すぐになくなってしまう小さな一ピースを、大事に大事に食べた。


お会計をして、駅まで一緒に歩く。


「ごちそうさまでした。美味しかった」

「どういたしまして。でも、せっかくお祝いなのに、ケーキだけだと寂しくない? 遅くなっちゃうけど、他に何か欲しいものがあれば遠慮なくどうぞ」


なんだか申し訳ない気がするらしい。

なんでもいいよと微笑む要さんが隣にいてくれるだけで充分幸せなので、他にと言われてもとっさに思いつかない。


うーん、今欲しいものはないし、お菓子は嬉しいけれど、もらっても食べる暇がそんなにないし。

……ああ、そうだ。
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