長い夜には手をとって


「だから言ったのに。水飲んで寝た方がいいよって。同じ分量お水も飲むと、かなり二日酔いのリスクは減るんだよ~」

 少し声を落としてそう言ったら、げっそりした顔で伊織君はソファーに寝転んだ。

「・・・夜、吐いたから気持ち悪いのはちょっとマシ。でも、頭痛が・・・」

「あらあら」

 吐いたのか。そんなに許容範囲をオーバーしたの?ってか伊織君て、そういえばお酒あまり飲んでるのを見たことがない。弱いのかな?

 ほぼ死体になって寝転ぶ彼が可哀想で、気にはなったけれどそれは聞かなかった。私は静かに出勤準備を始める。この分ではきっと朝食は要らないだろう。自分の分だけ用意して食べ、音量を落としたテレビを観ながら化粧をした。

「じゃあねー伊織君。行ってきます。君は今日、出勤するの?」

 しないだろうなあと思いながら私が聞くと、伊織君はうっすらと目を開けて寝転んだままで首を振る。

「・・・行こうかと思ってたけど、やめとく・・・。頭痛で死にそう」

「お大事に」

 外へ出て、鍵を閉める。

 早朝の冷たい風が吹いて、私は首をすくめた。もうすぐ、もうすぐ春は来るのに。いつもこの時期は心がざわざわするのだ。冬の寒さに飽き飽きしはじめて、お日様に憧れを持って空を見上げる。

「・・・ああ、寒い」

 自転車に乗って駅へ向かった。




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