長い夜には手をとって


 学生の頃、オーストラリアに居たのか。私はそれが気になった。綾はドイツにいたって言ってたよね。だけどあれは留学って・・・。外国を転々とする一家だったのかな、水谷家は?そういえば、綾からも伊織君からも家族のことって聞いたことがない――――――・・・

 私がつらつらと考えていると、でもさ、と隣の伊織君は続ける。縁側の下からコーヒーの缶をとって、それに灰を落とし、タバコの吸殻も落とし入れた。灰皿代わりなのだろう。

「ため息ってビミョーだよな、って思いだして。何かそれって不幸そうだなって。だから、今はまた勝手に、囁きって呼んでる」

「オリオンの囁き?あははは、詩人だ。だけどそれだと感じが全然違ってくるよね。オリオン君は一体何て囁いてんだろー」

 空になってしまったマグカップを置いて、私は笑う。

 するとふとこっちを見た伊織君が、真顔でヒョイと私に近づいた。

「・・・口付け、していい?」

 ―――――――へ?

 一瞬思考が停止した。耳近くから発せられた低い声に、背中がぞくりと粟立った。私は思わず目を見開く。するとゆっくりと私の耳元から遠ざかりながら、伊織君はにこりと笑った。

「・・・って、隣の星座、ほら、双子座とか一角獣座とかにさ」

 思わず体から力が抜けた。・・・ああ、ビックリした。星の話なのね、このヤロー。急に言うから、てっきり・・・。私はつい引きつった笑顔で言う。

「ほ、星にね」

「そーだよー。星の話。何か誤解させた?」

 彼はにやにやと笑っている。・・・もう、やらしい子だわ、ほんと!


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