長い夜には手をとって


 私はそっと体をまわして彼の手を肩から退け、心の中で10カウントして、ようやく笑顔を浮かべる。そして言った。

「そう、津田さんにはお世話になったから。・・・加納さん、元気そうだねー」

「加納さん?弘平でいいよ、今更だろ。お前はちょっと痩せたか?髪がのびていて一瞬ナギだって判らなかった」

 そりゃ、1年半も経てばちょっとくらいは変わるでしょうて。私はそんなことを心の中で思いながら、周囲を見回す。

 津田さんの広い人脈の、あちこちから来ているらしい人々。保険会社の人達は顔を見たことがあるっていう人も何人かいたけれど、それでも大多数は知らない人ばかりだった。

 呼んでくれた元同僚とは話して招待のお礼も言ったし、弘平と一緒にいても居心地が悪いだけだ。そろそろ津田さんに挨拶して帰ろうかな。

 私がそう思って津田さんの姿を探していると、こっちへやってくる菊池さんが目に入った。お、いいところに!弘平と二人なのはあまり嬉しくないので、彼女を巻き込もう。

「菊池さーん、ちゃんと何か食べた?」

 声を張り上げて彼女を呼ぶ。菊池さんはキョトンとした顔で周囲を見回して、私と弘平を発見した。

「あ、いたいた塚村さん!それに加納さんもいるー。お久しぶりです」

 さっきよりは興奮がさめた様子で菊池さんはこちらへ歩きながら、にっこりと微笑んで弘平に言う。私の後ろに立つ弘平が、よお、と挨拶をした。きっと片手を上げているはずだ。


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