俺様社長と付箋紙文通?!
夜のビルはひっそりとしている。大都市東京といえど高層階は無人駅のようだ。もちろん同じフロアにあるオフィスには人が詰めているだろうが、防音がしっかりしているせいで社長室までは雑音は届かない。


“お会いしたいですね”


俺はドーナツを片手に付箋紙を眺めた。今日のは淡いブルーに星が散りばめられている。会いたい、のか。そのひとことに俺の胸がどきんと鳴って、ドーナツを飲み込むタイミングを失ってむせた。この言葉を読んで胸が痛んだのではない、むせたから胸が痛んだのだ、と解釈する。

ドーナツ屋がエントランスパークに出店して2か月が経とうとしている。ドーナツの種類を書き留めた付箋紙を貼り付けたのがきっかけだった。それから何気ないやりとりを続けてきた。小学生のころ、同じ塾に通う女の子と交換日記を書かされていたことを思い出した。初恋を彷彿とさせるような……。

ぶるんぶるん、かぶりを振る。恋心など決してない。毎日パソコンで文字をやりとりする生活をしているから、文字を書くことが新鮮なだけだ。このブルーっぽい色の字は丸っこくて、でもハネやトメがしっかりしていて芯があって。こんなフォントはパソコンにはないから面白いだけだ。

会う……。そうだな、会ってもいいか。うまいドーナツを運んでくれる彼女に感謝の意味を込めて。


“明後日の夜、予約しておく。19時にまるこぽーろで”



*−*−*

ボスさんに誘われた。もう朝から、いや、あの付箋紙を見てから何をしても上の空だった。ドーナツを販売している間は誘われたことも忘れられたけど、あと1時間で約束の時間ともなると否が応でも意識する。

まるこぽーろというのは低層階のレストラン街にあるのではなく、53階にある高級レストラン街の店だ。テツ子さん情報によると、鉄板焼きの店で、食事代は最低でも5万円はするらしい。くわえてスタッフへのお心づけやアルコールなどを含めれば10万円とか。そんなところで食事だなんてとんでもない。

緊張して歩くのも変になる。右手右足が一緒に出る。
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