俺様社長と付箋紙文通?!
そんな私はいま、ビルの14階にいる。テツ子さんが私のためにオフィスのロッカー室を貸してくれた。おろしたてのワンピースに袖を通すとサテンの裏地が肌に当たってひんやりした。この服は昨日テツ子さんと彼女のお気に入りブティックで選んだものだ。ドレスコードはないが、いつものユニフォームというわけにもいかない。


「にあう、にあう!」
「そっかな……丈も短いし」
「咲帆さんは足がきれいだから絶対出すべし!」


壁の姿見に映る自分を見てもなんだか自分のような気がしなかった。テツ子さんが化粧を施してくれた。真っ赤な口紅とピンクのチークは化粧を超えてお化けとさえ感じる。アイプチで押し込んだおかげで、くっきりはっきりになった二重まぶたも拍車をかけている。別人だ。


「お化粧、濃くない?」
「濃くないコクナイ」
「口赤いし」
「赤じゃなくてローズだよ。今私がしてるのとおんなじ」


姿見のなかにテツ子さんも入ってくる。私と顔を並べて、ほらね、とほほ笑む。たしかに同じ色あいだけど、都会の洗練された女性と同じものをつけても田舎者の私には浮いてしまう。


「やっぱりや……」

口紅を手の甲でぬぐおうとしたら、テツ子さんに手首をつかまれて阻止された。

「だーめ! 咲帆さんは自分が思っている以上にかわいんだから、自信もって」
「うん……」
「ほらピアス。これは私からのプレゼントね。初デートの」
「で、デートってわけじゃ」
「はい。ほら、いくよ」


ばん、と背中と押されてロッカー室を出る。慣れないピンヒールにつんのめりそうになって壁に手をついた。引け腰で通路を歩き、一度ロビー階に降りた。そこから高層階直通エレベーターに向かう。扉が開いて、乗り込んだ。テツ子さんは乗り込まず、ホールに立っている。


「テツ子さん?」
「私は行かないよ。がんばれ、咲帆さん♪」
「そんなぁ。一緒に来て。自信ない」
「なに言ってるの、もう。設楽社長には果敢に食ってかかるくせに。とにかく楽しんできて」
「楽しめないよ」
「じゃあ、あたしのためにめぼしい男を探しておいて」


非情にも扉は閉じ、同時に笑顔で手を振るテツ子さんは見えなくなった。
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