俺様社長と付箋紙文通?!
「ねえ、どうしてここにいるの」
「ああ、視察だ。俺はビルのオーナーだからな、どんな客がこのビルを利用してるのかは知る必要がある。とくにこの高層階のレストランはB.C. square TOKYOの顔だからな」


奴は私の頭のてっぺんから足元までずずずーっとなめるように私を見た。そうしてから片側の口角を上げて彼はにやりと笑った。自分の顔がかあっと熱くなるのがわかった。足元を見られている。こんな庶民のドーナツ屋の販売員がいるところじゃないって。くやしい。

奴は振り返って入口を見た。私もつられて見たが、やはり入客の気配はない。


「来ないな」
「き、きっと事情があるの!」
「連絡もないってところか。自分から聞いたらどうだ」
「だってメールアドレスも電話番号も知らないもん」


クスクスと笑う奴。本当にムカつく。そして本当に心細くなってきた。連絡をしようと思えば連絡のできない世の中じゃない。連絡がないということは連絡する意思がないということだ。目のあたりがじんわりとした。

奴は席を立った。


「じゃあな。待ち人が来るといいな」
「き、来ます! 絶対来ます!! すっぽかすような人じゃないって信じてますから」


片眉を上げ、ふん、と鼻を鳴らして奴は半個室から出て行った。迷路のような大谷石の仕切りをすいすいと泳ぐように進んでいくのその背中を眺める。仕立ての良さそうな細身のスーツ、徐々にちいさくなる大きな背中。その景色が揺れた。鼻がつんとして、泣いていることに気づいた。



*−*−*

俺は振り返らずにまるこぽーろを出た。付箋紙の娘と待ち合わせをしたはずなのに、予約したカウンターにいたのは女学生モドキの田舎娘だった。何かの間違いだろうと個室に行くと、そのまさかの事実が待っていた。

付箋紙娘=田舎の女学生モドキ。

俺はあんな娘と文通していたのかと思うと自分の人の見る目のなさにがっかりした。そして罪悪感にも駆られた。ずっと待ち続けている彼女に待ち人は現れなかった。俺は自分が付箋紙の相手だと打ち明けられずに。
< 32 / 87 >

この作品をシェア

pagetop