俺様社長と付箋紙文通?!
「移動販売車? 何のだ」
「スイーツスタンドとうかがっております。いちおう報告まで」


そう言うと秘書の宮下はぱたんとB5の黒い革の手帳を閉じた。黒いストレートの髪、黒ぶち眼鏡、黒のパンツスーツ、黒いエナメルのパンプス。こいつはいつも黒づくめの支度だ。宮下は自衛隊顔負けの回れ右をすると社長室から消えた。となりにあるオフィスで山積みになっている事務案件を片付けにかかるだろう。すらりとした細身のスタイルに萌える男もたくさんいるだろうが、残念ながら彼女は女にしか興味がないらしい。

さて。俺も下から上がってきた書類に目を通して判をつこうか。



*−*−*

「いらっしゃいませぇ。ぐるぐるかわいいうずまきドーナツはいかがですかぁ」


ひとつでも多くのドーナツを売ろうと声をあげる。行きかう人はたいていスーツにビジネス鞄だ。ときたま近くのビルのOLさんたちがグループで楽しげにやってくるけど、お目当てはドーナツではなくレストランだ。B.C. square TOKYOに入っているレストランには当然ながらB.C. square TOKYO内にある会社にお勤めしているビジネスマンたちも利用しているわけで、彼女たちはそんな高収入でおしゃれな殿方と知り合うチャンスをうかがっているとか。7階まではIDカードを持っていなくても入れるから私でも食事は可能だけど、ランチでも最低2000円はする高級店にはそうそう入れない。

あ、また別のOLグループだ。4人。年は私と同じくらいだ。20代半ば。


「オーナーの設楽さまはいらっしゃるかしらぁ」
「雲の上のひとだもの、7・8階のレストランなんて下界よ。来るはずないじゃない」
「そうよ。出勤だってヘリコプターだって噂だから、ロビーも通らないって」
「この前はたまたまだったのよね」
「身長185センチ、イケメン、強力なリーダーシップ、名門の成享大学卒。東京郊外に広い土地を持ち、お城のような大きい洋館に住んでらっしゃるのよね」


4人はドーナツに目もくれず、うっとりとした表情でいっせいに、はあ、とため息をついた。そんな金持ち長身イケメンがいるんだ。国宝級なんだろうな。

私からしたら、こんなオサレなレストランで食事できるだけでも素敵なのに、さらにお目当ての殿方いるとはうらやましい。
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