俺様社長と付箋紙文通?!
「いらっしゃいませぇ。あ……」


ビルの自動ドアが観音開きに口を開けて、さっそうと黒づくめの女性がやってきた。バリキャリ女史だ。いつも以上に顔を難しくして、こっちに向かってくる。今日はどのドーナツをおすすめしよう。新商品のにら入りみたらしドーナツにしようか。にらもとちぎの特産なのだ。


「いらっしゃ……あれ?」


バリキャリ女史はドーナツの列に並ぶと思いきや、私とウォール社長の目の前を颯爽と通り過ぎた。女史はシュプレヒコールをあげる人の前に立つと、ギロリと彼をにらんだ。彼は拡声器を下して、ビールケースからも降りた。


「設楽社長からの伝言です」
「はあ? 伝言だとぉ? 本人は来ないのか?」


すると女史はわきの下に挟んでいたバインダーを彼の前に差し出した。それを読むシュプレヒおじさん。それをデモ団体の人々が見守る。女史は一礼すると再びビルに吸い込まれていった。

しばらくしてデモの人々はあたりに立てた看板や旗を片付け始めた。


「どうしたんですか? 反対集会は?」
「とりあえず今日は帰る。今後の対策を検討する」
「さっきのバリキャリさんが持ってきたバインダーに何が書いてあったんですか?」
「見んのかい?」


うんうん、と私は首を縦にふった。シュプレヒおじさんは私にそれを見せてくれた。ショッピングタウンとちぎ事業計画骨子なるタイトルの下にいくつか要綱が書かれていた。景観・自然を損ねないよう配慮すること、親水公園の設置、公的施設の誘致(市文化会館、市図書館、公立中高一貫校、福祉施設等)、近隣農業水利の設置。これらはすでに行政や各団体と交渉に入っており、すでに決定した案件もあるとのこと。自然環境保護団体のひとは納得してなかったけど、ほかの人は持ち帰って相談する気持ちになるのはうなずけた。


「ん?」


私はそれを見て、息が止まった。要綱に下には直筆のサインがあったのだ。設楽土地活用コンサルタントサービス代表取締役社長設楽丈浩。それはそうだ、この開発事業はこのビルのオーナー設楽シャチョーが事業主なのだから。問題はそこじゃない。この直筆の字。紫がかった黒のインク、万年筆、かくかくのくせ字。見覚えがある、どころか、これは……。

付箋紙のひと? 憧れのボスさん?
まさか。ぶんぶんとかぶりを振る。
でも付箋紙のひとの筆跡で、設楽シャチョーの氏名が書かれている。
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