俺様社長と付箋紙文通?!
と、手を伸ばした瞬間。視界の隅に動くものが見えた。黒い塊が素早く前方に走る。男だ。俺は反射的に足を踏み出した。ドーナツを買い求める列を抜き、その先にいるサキホを見る。眼鏡をかけたスーツの男がサキホ目がけて突進する。男の位置はサキホまであと2メートル、俺と同じ距離で正三角形になる。男は手を伸ばし、サキホの首を狙っている。おかしい。首をつかむなら手のひらを伸ばすべきなのに、男は拳を握っていた。首をパンチする? いや、あれは手のなかに何かを隠し持っている。男の腕に向けて俺は精一杯手を伸ばした。

指先にこすれる布の感触、よし。つかんだ。奴の手首を手前に引き、サキホから引き離した。俺のほうのつんのめる男、その手をつかんだまま、押し膝を地面につかせた。男は石畳に突き伏せた。


「貴様!」
「離せっ!」
「誰が離すかっ。貴様、なんの恨みでサキホを狙う」
「あいつの親が俺の財産になるはずの土地を安い値段で買い占めたんだ。そのくせあいつはぬくぬくとドーナツ売ってのんきに暮らしやがって。あんただってこのビルのオーナーだろ。資産家のボンボンに何がわかる」
「親の遺産でぬくぬく暮らそうとしていたお前に言われる筋合いはない!」


俺は奴の腕をひねりあげた。声にならない悲鳴を上げた奴は握っていた手を開いた。かちゃりと音を立てて落ちたのはサバイバルナイフ。こいつは自分のことを棚に上げてサキホの命を狙っていたのか。二世だからと馬鹿にしおって。くそ。奴が再び手にしないようにそのナイフを蹴飛ばして遠くへやった。花壇の植え込みにシュートした。我ながらナイスだ!

しまった。油断して手を緩めたすきに男は手を抜いて立ち上がった。そのままビルの中へ駈け込もうとした。くそ。逃がすものか。


「待てっ!」


奴が走っていく。皆は怖がって道を開ける。奴はまっしぐらにビルの玄関へと向かう。オフィスで立てこもりとなったら大変だ。このビルの住人たちを危険な目にあわせるわけにはいかない。俺もあとを追いかける。が、しかし。

自動ドアのむこうに、逃げずに仁王立ちしている女がいた。宮下だ。男はそのようすに止まって立ちすくんでしまった。その次の瞬間、すでに男は宙を舞っていた。どすん。鈍い音とともに背中から落ち、石畳に打ち付けた。その上から容赦なくまたがり、男のネクタイを引き上げた。

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