わたしは一生に一度の恋をしました
 それが彼のためであり、母もそれを願っているだろう。わたしも人の家庭を壊してまで、父親と暮らしたいとは思わない。

 わたしと高宮は森を抜け、学校まであと少しのところまでやって来た。わたしは高宮に笑顔で告げた。

「ここまででいいです」

 わたしは高宮に背を向けて歩き出そうとしたが、足を止め、肩越しに高宮を見た。彼は切なそうな瞳でわたしを見ていた。

「一つだけ、聞いていいですか?」


 わたしの言葉に高宮は頷いた。

「お母さんがもしあのときあなたに妊娠したことを告げていたらあなたは母と結婚しましたか? あのときのあなたの家庭の事情は知っているつもりです」

 高宮はわたしの問いに即答していた。

「結婚したよ。ずっと彼女と一緒になりたかった。だから、あのときも」

 彼の目にうっすらと涙が浮かんだ。彼はその涙を拭った。

「十八年間、一度も会えなかったけど、一度も忘れたことはなかったよ」

 わたしは高宮和幸の口からその言葉が聞けただけで満足だった。それが例え後日談にしか過ぎなくても。


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