物語はどこまでも!
『そう、怖い顔をなさらないで下さい。かの方の心は誰もが想像出来ないほど慈愛に満ちあふれており、誰もが想像する神様に近しい力をお持ちなのですよ』
「なっ!」
辺りを見回しても、彼以外には誰もいない。どんな原理だと考えている間もなく、文字は進む。
『さすがの私もあなたの“棲み家”まではいけません。ただし、“本を贈る”ことは出来たのでこんな対話の仕方となっております。ああ、原理云々を考えなくてもよろしいですよ。これが私の力。かの方に与えられ、かの方のために行使する力ですのでーーひとりぼっちで可哀想なあなたへの奇跡です』
声はないが、どこか人を小馬鹿にしたような笑い声が混じっている印象を持った。苛ついたが、その程度では本を投げ捨てたりはしない。
「俺の声も、聞こえるのか?」
『ええ。しりとりでもします?』
「お前はなんだ?」
『初めに申しましたよ。聖霊ブック、と。あなたと同じ聖霊です。もっとも、あなたはそちらの世界でたった一人っきりの聖霊。自分の在り方さえも分からずいたでしょうから。良かったですね。今あなたはやっと、名もなき青年Aから、尊き聖霊Aと銘打たれましたよ。
おやおや、沸点が低いようで。くしゃくしゃにされる前に、私がどうしてあなたとコンタクトを取ったか説明しましょうねー。おっと、説明します』
この本の向こう側にいる奴はずっと笑みを絶やさない奴なのだろうと、勝手に想像する。人を安心させる笑顔を常に持ち続けていようが、“だからこそ、貼り付けている奴”ともなればおぞましいことこの上ない。
ともあれ、あるのは文字が綴られる本一冊。
驚きはすれど、脅威ではないと彼はこの状況を容認していった。
『さっきも言いましたが、かの方の願いは全てのものの幸福です。それは“こちら”にいないあなたでも例外ではない。どうしてあなたがそこに産まれ、そこから離れられないのか、それはもちろんやるべきことがあるからだけどーーともかく、あなたも幸福にするために私が代理で来たのよー。じゃない、来ました。かの方は、光臨するための準備で忙しく、あなたと直接会うことは出来ませんが必ず願いを叶えてくれます』
「叶った瞬間、魂を寄越せとでもいうのか。見ず知らずの奴相手の言葉は信じられない」
『確かに見ず知らずの人の言うことは信用出来ませんよね。でもね、ずっと前からかの方は、あなたの泣き声を聞いていたのですよ』
「はあ!?」
耳まで一気に赤くなった。まさかよりも、もしかしたらとした気持ちが大きくなった結果だ。
『かの方は人々の不幸に敏感です。かの方にとって、全てのものは愛すべき子たち。一人ぼっちで泣いている子がいれば、助けたくなるのは当然じゃありません?』
「し、しんじられ」
『その“棲み家”から出たいのでしょ?』
動揺していた心が一際大きく波打ち、引いていく。すっと、静止した水面に映ったのは膝を折って泣く自分。俯瞰しながら見ても酷いものだった。ただひたすらに、居場所がないとーー
『こんな場所、いたくありませんよね?』
ここが自分のいるべき場所なのかと、悲観した。
「出られるなんて」
『試してみたらいいと思いますよ。あなたはただ、願うだけでいい。歩くことも進むこともせず、生きていればいい。かの方が幸せにしてくれますよ。もう、一人で泣くこともないの。今はこちらの世界に聖霊という人種は顕現出来ていないけれど、あなたが出てくる頃には全てが愛される素晴らしい世界になっているはずです。一人で泣くあなたを、誰も見てみぬふりなんかしない優しい世界に』
おいで、と優しく手を差し伸べられたら気がした。
泣く自分が神々しいモノに手を伸ばす。約束された幸せがそこにあると、笑ってーー