物語はどこまでも!
ーー
「おやまあ、大変だこと」
「お前なら子供の扱いは大得意だろう?ここに置いていってもいいか?」
「おやまあ、感激だこと。でもね、あたしはついつい甘やかしてしまうから、少し経てばぷくぷくの女の子になってしまうけどいいかい?」
もうそれでもいいと思ったが丸々した双子の兄妹を見てしまえば、子供の健康上悪いとしか思えない。
「お前、どれだけ食べさせたんだ」
「見ての通りさね」
と、老婆が指し示すのはお菓子の家なのだが、家と表現していいのかも分からないほど原型を留めていなかった。
そのほとんどを食べきって一休みしている双子の兄妹に比べ、彼が連れてきた女の子は来たばかり。涙もお菓子の家を前にすれば吹き飛び、シュークリームの壁に突撃していった。
「おやまあ、綺麗なお洋服がベトベトさねぇ。聖霊さん、この老体の趣味で良ければこんな服があるのだけど、持って行っておくれ」
「だから、お前が」
面倒見ろと思えど、ここに置き去りにしていくわけにもいかない。
あの女の子もまた“部外者”なんだ。
あの聖霊が何の意図を持ってかはーー分からなくもない。
「せいぜい、『仲良くしろ』ってことか」
“部外者”同士と、笑われている気がした。
「ほら、あまり食べ過ぎるな」
「やー」っと抵抗する女の子を担ぐ。
「おやまあ、聖霊さん。これからどうするんだい」
「そんなの、こっちが聞きたいぐらいだ」
悪態をつきつつ、チョコ板を一枚女の子の口に噛ませて、寝床へと戻る。
「お前、どうしてここに来た?聖霊ブックに無理やり連れてこられたのか?」
「……」
チョコに夢中で答えてもらえなかった。勝手にしろ、と老婆より貰った服ーーヒラヒラフリフリという文字をぶら下げたようなドレスを女の子の横に置き、彼はふて寝をした。
チョコを食べ終わったらしく、背後でごそごそと動く音がする。頭はいいらしく、一人でもきちんと着替えが出来るようだ。次にバタバタと物が落ちる音。本を手当たり次第に落としているらしい。
ややあって、髪の毛を引っ張られた。痛くはない。遠慮がちな力に相応しく、女の子は怯えながらも高い場所にある本を指さしていた。
ため息をつきつつ、指さされた本を取る。おやゆび姫と書かれた絵本だった。
「ほら」
差し出せば、盗人のように奪われ、逃げていく。俺は狼か何かかと、彼の怒りの沸点は女の子が来てから自己ベストを更新しつつある。
今ここで聖霊ブックあてに叫べば届くのか。あいつならば、きっとほくそ笑みながら見ているだろうと推測する。
「どうして、お前が来たんだろうな」
言葉通りのプレゼントだとすれば、随分と悪趣味に思えた。
「なあ、お前の父さんと母さんは心配していないか」
「いない、の……。ひとりになっちゃったの……」
それは禁句だった。女の子がまた泣きそうになる。しかして、絵本をぎゅっと抱きしめて、今度は声を上げなかった。リスのような大きな眼たっぷりの涙。今にもこぼれ落ちそうなものだったから、袖で拭き取る。
「今は一人じゃないんだから、泣いとけ」
我慢することはないと言えば、女の子は彼の腕の中で声を上げた。
『一人じゃないだから』
自身で言いながら、とんでもない言葉だよなと苦笑してしまう。
「素直に誰かの前で泣けるっていいな。俺は下らない自尊心を持っているから、あいつらの前で泣けなかったけど……。一人じゃないっていいよなぁ」
最後は女の子にではなく、自身に向けた言葉だった。
温もりは数多の物語で得てきた。優しくもされた。空虚な心の足しとしていたが、未だに満たされたことはなかった。これはきっと、あちらの世界に行っても満ちることはないだろう。
ーー誰でもいいわけじゃないんだ。
知らない土地に見知らぬ人たち。さぞや心細かっただろうに。知らない大人に抱きついてしまうほど怖かったに違いない。
今のこの子には、俺しか頼る人がいないのかと、彼は腕の中の温もりを優しく包む。
「そうか。俺の欲しかったものはーー」
これかと、唯一の存在を彼は見つけた。
どこの輪にも入っていない、たった一人。
自身と同じ一人ぼっちな存在。
支えになりたいと、涙を拭いたいと、あなたのためだけに在るのだとーー“あの頃の俺がしてほしかったこと”を出来る唯一を探していた。
「セーレさん?」
住人が彼をそう呼んでいたとうろ覚えで喋る女の子の小さな手が、その頬に伸びた。
「いたい?」
「ああ、痛いほど嬉しいよ」
涙が出るほど、人前で初めて泣けるほど、君という存在が尊く思えた。
途方もない時の中で初めて出会った“部外者”(同類)。こんな無様な俺でも慰めてくれようとする優しい子。代わりの効かない唯一。
「生きてて、良かった」
そう言葉に出来るほど、彼の心は満たされていった。