今夜、きみを迎えに行く。
「こっちへおいで、アオイ」
カウンターごしに、シュウがいった。わたしの頬を撫でながら。すごく優しい声だった。
わたしはセーラー服の袖で涙を拭って、シュウに言われたとおりにする。
カウンターを隔てない近い距離でシュウと向き合うと、見上げなければシュウの表情がわからなかった。
シュウは背が高くて、わたしの目の前にはシュウのセーターを着た胸元があった。
「アオイ」
シュウがわたしの名前を呼んだ。
それはすごく、懐かしい響きで、わたしはやっぱり泣きそうな気持ちになる。
「よくできました」
シュウがにこりと微笑んだ。それと同時に、シュウの長い両方の腕がわたしの背中に回される。
わたしの顔は、シュウの胸にそっと押し付けられていた。
抱き締められている、と気付いたのはしばらくたってからだった。
シュウはとてもいい匂いがして、わたしは思わずシュウの胸の中で目を閉じた。
心が落ち着く柔らかなセーターの肌触りと、ラベンダーの香り。
「これで、心配事が片付いたよ」
頭の上で、シュウの声が聞こえていた。わたしはその意味がわからなくて、それでもこのままシュウの胸に顔を埋めていたくて、それをそのまま聞いていた。
「ぼくには、世界でいちばん大切な人がいる」
シュウはいった。
大切な人がいる。それは、わたしを抱き締めながら言うなかで、もっとも残酷な台詞にも思えた。
わたしは息が止まりそうな気持ちになる。
「今夜、その人を迎えにいく。だから、ぼくはアオイと、もうすぐさよならをしなくちゃならない」
わたしはそれを、シュウの胸の中で聞いていた。
わたしには、何を言う権利もない。だって、シュウは最初から言っていた。大切なひとがいるってこと。