今夜、きみを迎えに行く。



「嫌だよ、さよならなんて」



シュウの胸の中で言ってみた。わかってる。わたしがこんなことを言っても無駄なんだってこと。



だって、わたしはシュウの恋人でもなければ、友達ですらないかもしれない。
シュウのことは、なんにも知らないんだから。



「アオイ」



シュウがわたしの名前を呼んだ。



わたしは、首を横に振る。
なにを言われるかはわかってる。告白するまえに、しかも抱き締められながら振られるなんて、そんなひどいことってあるんだろうか。それならいっそ、好きだって言っておけばよかった。



「アオイ、行っておいで」



シュウの優しい声が降ってくる。
抱き締めていた腕を緩めて、わたしの頬はシュウの胸からそっと離れる。



「今日は、自転車は無事なんだろ?」



シュウは笑った。いっそのこと、またパンクしていたらいいのに。そうしたら、またバイクに乗せて送ってくれる?


このまま離れたら、もう会えないかもしれない。
だけど、シュウにそう言われたら、うんと頷くしかなかった。



「会えてよかったよ、アオイ」



「シュウ、またいつか、会える…?」



「大丈夫。きっと会えるから、心配しないで」



シュウは笑った。わたしは頷く。シュウは嘘をつかない。だから、きっとまた会えるはず。



「わかった。ずっと待ってるよ、ここで」



「約束するよ」



わたしは頷いて、シュウの腕から離れる。



店のドアが開いて、トミーさんが帰って来る。



「おばあちゃんのところに行ってきます」



わたしは言った。トミーさんが来てくれてよかった。もう少し長くいたら、また名残惜しくなってしまうから。







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