今夜、きみを迎えに行く。
ドアを開けた瞬間に、ふわっとコーヒーの香りに包まれる。
分厚い木でできたカウンターの向こう側にいる人と、目が合った。
「いらっしゃいませ」
白髪混じりの長い髪を後ろに束ねたおじいさんが、愛想のない低い声でそう言って、物珍しそうにわたしを見る。
日本人離れした彫りの深い顔には皺も刻まれているけれど、白髪混じりであるだけで、おじいさんというのは失礼かもしれない。
こなれた赤いチェックのシャツに黒いエプロンがとても良く似合っていて、このお店の雰囲気にぴったりの男の人。
木の酒樽、コーヒー豆やパスタやお皿やカップが並べられた棚。
テーブル席は一組だけ、店の右奥にはグランドピアノ。古い木の床は綺麗に磨かれて艶々としている。
「お嬢さんは、お客さんではないのかな?何か御用?」
男の人が言った。不思議そうに、ぼーっと突っ立ったままのわたしを見ている。
「…あの…えっと…」
何か言わなくちゃ。そう思うけれど、うまく言葉が出てこない。
ちょっと気になって、興味があって、入ってみたいなって思って。
「…あの、アルバイト募集って、表に書いてあったのを見て…」
途切れ途切れに発した言葉は、自分でもびっくりするようなものだった。
アルバイトなんてするつもりで入った訳じゃなく、もちろん履歴書だって持ってない。
しかも、表に貼ってあったボロボロの紙には時給すら書かれていなかったっていうのに。