今夜、きみを迎えに行く。
その人の、ふさふさの睫毛に隠れた優しげな目が、一瞬大きく見開いて、わたしを見る。
こんな白髪のおじさんに見詰められてどきっとするなんて、わたしはどこかおかしいのだろうか。
「いいね」
足元から暖めてくれるような低音の心地よい声で、その人が言った。
わたしは思わず、「えっ」と声に出す。
「いつから来れる?」
「いつから…って…あの…」
いつから来れる?それって採用決定ということ?
年齢どころか、まだ名前すら名乗っていないのに。
「時給千円、学校が終わったら毎日、ここに来て、ここに立っていてくれたらそれでいい。どうかな」
その人は、優しい笑みを浮かべていった。
時給千円?
この辺りで、たかが高校生のアルバイトにそんな金額を出す店なんてたぶん稀だ。
それに、ここに立っていてくれたらそれでいい、なんて。
確かにいかにも暇そうな店ではあるけれど、それならアルバイトなんて雇う必要ないんじゃないか。しかも、時給千円で。
「あの、それって…」
「きみに、うちで働いてほしい。うちは見た目重視でね。店の雰囲気に合わない子は、この場所に立って欲しくない。きみは今どき珍しい黒髪だし、清潔感もあって、雰囲気がいい。いくら綺麗でも、店の雰囲気を壊さない、目立ち過ぎない見た目というのは案外難しいものでね。あと、きみの声が良い。お客さんの会話や音楽の邪魔をしない。これも案外難しい。だから合格。すぐにでもうちに来て欲しい」
その人は、そこまで言うと、カウンター越しにわたしに向かって右手を差し出し、優しく微笑んだ。
美しい皺が刻まれた、大きくてとても綺麗な手だった。